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 田代まさしがあらわれた      2006/11/26




たしろっ!!!


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田代をググッてみたWikipedia

出身地:佐賀県(プロフィール上は東京都)。 逮捕歴:4回

シャネルズ

高校卒業後の1980年に、鈴木雅之や桑野信義らと結成した和製ドゥーワップグループの「シャネルズ」の一員としてデビュー。その後フランスの高級ブランド、シャネルから物言いがついたことで、1983年に同グループが“ラッツ&スター”と改称された後も多数のヒット曲にかかわり、『ザ・ベストテン』などの歌謡番組を通じて日本のお茶の間のお馴染みの顔となる。作詞家として、小泉今日子の楽曲を手がけた事がある。ソロ曲では、鈴木が作曲を手がけた『新島の伝説』(作詞は秋元康)をリリースした。[1]

ダジャレの帝王

その後、ザ・ドリフターズの志村けんにそのお笑いセンスを見出され、お笑いタレントとして芸能界に進出。その類まれなるお笑いセンスから「ダジャレの帝王」、「小道具の天才」と呼ばれ、レギュラー番組を何本も持ち、大企業のテレビCMに何本も出演するなど人気を博した。さらには自伝やダジャレ語録などの著作本の出版や自らの名を冠したファミコンゲーム『田代まさしのプリンセスがいっぱい』の発売、映画監督を勤めるなど、多彩な活躍を見せていた。

転落

その後、2000年9月24日に東急東横線都立大学駅構内で女性の下着を盗撮しようとして事情聴取された (この事件、後の覗き事件により2ちゃんねるでは盗撮、覗き行為が「田代」「タシーロ」などと言われるようになり、「画ちゃんねる」のタイトル板ではこのきっかけであった)。

同年10月4日にこの事実が発覚し、テレビレポーターに盗撮した理由を聞かれ、「『ミニにタコができる』というタイトルのギャグを作ろうとしていた」と弁明(この言葉は田代の側近が入れ知恵したものという説もある)。この言葉は一部で嘲笑を含んだ流行語となる。また、田代の犯罪がニュースで伝えられた直後、全国各地の小中学校では、からかったりするときには「田代だ、田代だ。」などとも言っていた時期があった。このため芸能活動を休止する事になった。その後、田代曰く、「ミニスカートを抹殺したい」とのこと。

復帰後

2001年7月頃、『ダウンタウンDX』、『めちゃ²イケてるッ!』、『ぐるぐるナインティナイン』などのテレビ番組にゲスト出演し、芸能界に復帰。レギュラーだった『志村けんのバカ殿様』の家来役にも復帰した。更に『HAMADA COMPANY 弾丸ヒーローズ』では番組レギュラー目指して出発点の東京から沖縄までバレずにゴールする事にも挑戦。結果、滞在先の京都にて写真100枚撮られて失敗に終わったが、連続してゴールデンタイムに登場し、芸能界復帰はひとまず果たした形となっていた。

再転落

しかし、この頃に出演した番組では事件以前のような芸風は鳴りを潜め、明らかに精彩を欠いていた。田代が萎縮し、共演者が絡み辛く見られる面もブラウン管越しに伝わり、また田代本人もどうしていいのかわからないような姿が見受けられた。そして『HAMADA COMPANY』の最後の出演から間もない2001年12月9日、田代は男性の風呂場覗きで逮捕され、更に3日後の同年12月12日には覚醒剤所持・使用発覚で再逮捕されてしまった。これにより、田代の所属していた芸能プロダクションMTMプロダクションは、同日に田代の懲戒解雇を発表した。製作局の朝日放送にとっては報じられる前という事で難を逃れる出来事だった。

これに対し、志村けんや桑野信義は激怒し、「あいつは最低なことをしたのだから芸能界から消えてもらいたい」とコメントを述べた。更に2002年1月に放送された『志村けんのバカ殿様』や2002年の『新春かくし芸大会』の収録にも参加していたが、逮捕後の放送のため田代の収録分はカットされたため、お蔵入りとなってしまった。

事実上の引退、そして・・・

3年の執行猶予判決を受けた後に2002年春にVシネマ監督として復帰し『鯨道』シリーズなどを手がける。また2003年正月には『サンデージャポン』にVTR出演し(2006年現在、田代のテレビ番組出演はこれが最後である)、久々に喋り出すようになった。2004年春頃にはテレビ界復帰も噂されるようになったが、執行猶予中の2004年6月17日に青梅街道の「Uターン禁止」の場所でUターンした後、オートバイに乗った少年に衝突する人身事故を起こし書類送検され、[2]鈴木雅之が田代の代わりに謝罪をした。さらに2004年9月20日に再び覚醒剤使用、同時に刃渡り8cmのバタフライナイフを所持していたとして銃刀法違反容疑でも逮捕された。

田代が逮捕されたことに対して、美川憲一は「大馬鹿者!ひっぱたいてやりたい!」とコメントし、また田代に実刑判決が下されたことに対し、桑野は「もうやってしまったことですから、罪を償ってしっかり心と体を洗い流してほしい。二度と芸能界の敷居はまたいでくるな」と真剣な表情でコメントした。また、かつて田代と一緒に番組をしたことがあるビートたけしは「あんな野郎に関わりたくは無い」と厳しく批判した。その他あらゆる業界の人々から大批判を浴びた。

本人は芸能活動において日頃かなりのプレッシャーを感じていた故に犯行に及んだ、と弁明。執行猶予中の再犯のため懲役3年6ヶ月の実刑判決が下り、事実上の芸能界引退(この頃から「元タレント」とテレビなどで呼ばれたり表記されるようになった)。以来、シャネルズ・ラッツ&スター時代も含めた田代の過去のVTRや写真が放送・公開されることは極めて難しくなり(敢えて放送または公開されるとしたら田代の音声が薄らか、全体をぼかされたり、体の一部しか映らない程度)、またテレビや新聞・雑誌等で田代に触れること自体が暗黙の御法度となってしまった。なお、爆笑問題の太田光が生放送中に田代のフルネームを言ってしまったことがあった。更に、『エンタの神様』で、青木さやかが名前の一部を隠す傍ら、「タンスの中にカメラが入ってます」と発言し、観客を笑わせたものの、そのままオンエアされることになった。逆に、志村けんが自身の番組のDVDでの発売記念に「降板された人は堀江貴文のように消えたか?5年前にリリースして欲しかった」と連想的な発言した事から、テレビではオンエアできない状態になった。

事件の2ちゃんねるへの影響

事件後、インターネット(特に匿名掲示板2ちゃんねる)上で「田代ファン」「田代ヲタ」が出現する。彼らは2ちゃんねるなどの掲示板で田代をネタにすることがあるが、田代の芸能界復帰を望んでいる人は少ない。

パーソン・オブ・ザ・イヤー

事件後、2ちゃんねる上で、2001年の「タイム」誌の「パーソン・オブ・ザ・イヤー」に田代 (「Masashi Tashiro」として投票された) をノミネートしようという悪ふざけが起こった (「田代祭」「田代祭り」と呼ばれた)。投票システムが多重投票可能になっていた上に、投票を効率よく繰り返すための「砲」と呼ばれるスクリプトやツールなども開発され、(主なものに「田代砲」「メガ粒子田代砲」「超田代砲」「25連打田代砲」などがあり、これらを総称して2ちゃんねるなどでは「田代兵器」と呼ぶ。「田代兵器」自体は幼稚なhttpクライアントだが、多数の2ちゃんねるユーザが同時使用したため一種のDoS攻撃状態となり、タイム誌サーバーをダウンさせている。)多くの2ちゃんねらーに使用されたこともあり、最終的にウェブサイト上の投票でオサマ・ビンラディンに約2倍の差をつけて1位を獲得した。

しかし、不正な組織票が投じられたと言う事実は火を見るより明らかであった為に投票が中止され、結局パーソン・オブ・ザ・イヤーには元ニューヨーク市長のルドルフ・ジュリアーニが選出された。

とはいうものの、このウェブサイト上の投票では田代以外にも実在しないローマ教皇ハドリアヌス7世(Pope Hadrian VII)(フレデリック・ロルフの1904年のゲイ小説『ハドリアヌス七世』の主人公)や、この年手首の故障で活躍できなかったノマー・ガルシアパーラ(Nomar Garciaparra)、さらにはナザレのイエス(Jesus of Nazareth)といった明らかに悪ふざけと思われる人名がノミネートされていた。

この騒動によって2ちゃんねる内にお祭り会場板が開設された。

その後2002年度のタイム誌アジア版の「アジアのヒーロー」の投票、2003年度の東京帽子協会主催「ハットグランプリ2003」の投票などでも「田代まさしをインターネット投票で一位にする」という行為が行なわれ、Yahoo! JAPANのアーティスト・楽曲検索ランキングで上位が田代まさしやシャネルズ、ラッツ&スターで独占されたこともあった。電波2ちゃんねる(現:ちゃんねるぼっくす)のアンケートコーナー「せろ?ん調査」ではあらゆるアンケートに田代まさし関連の項目が作られ、過重投票により電波2ちゃんねるサーバーをダウンさせたほどであった(その後同サイトはサーバーを交換して復旧するが、せろ?ん調査は閉鎖された)。2006年2月現在もごく少数の2ちゃんねるの「過激派」が同様の活動を続けている。これらの行為は極めて悪質であるが、同一人による多重投票が可能であることなど、ネット投票に於ける問題点に就いても指摘する声が一部であった。

2ちゃんねるぷらす

その後、田代に、上記の(ある意味での)人気に呼応して、2ちゃんねる関係雑誌の「2ちゃんねるぷらす」が取材し、インタビュー記事と読者からの相談コラムが連載に加わった。毎号精力的にインタビューに答え、復帰への意欲と反省の態度を示した…かに見えたが、連載がまだ続いているうちに再び逮捕されたため、連載は途中で打ち切りとなった。なお、記者の勧めで、2ちゃんねるに田代が一度だけ書き込みした事がある。
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[ 2006/11/26 00:05 ] 【芸能】 | CM(0)

気が向いたらコメントどーぞ






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